妙な夢をみた
僕がオバケになって、売れないお笑い芸人を見守る夢だった
彼は10年必死で修業するけれど、お笑いでは全然喰っていけなくて
深夜のコンビニバイトと妻の稼ぎで生計をたてながら
『いまにきっと売れる、大丈夫じゃ』
自分の心が折れないための呪文で耳を塞ぐように
彼は相方に向かって
相方は彼に向かって
『ぜったい売れるんや、諦めへんぞ』
唱え合い、聞かせあっていた
相方は何か大きなモノを作る工場でバイトをしていた
ある日、機械の不具合で不幸な事故が起こり、相方は左足を失った
プレス機で広く押しつぶされたため、繋ぎ直すこともできなかった
コミカルなタップダンスを笑いの土台にしていた相方
『俺の足は、口よりもよく喋るんや』
『ホントじゃね。口はダダ滑りじゃけどね』
わずかなファンの殆どは、そのやりとりを気に入ってくれていた
よりどころとしていたモノを失う。
彼はショックを受けていた。しかし当人である相方にとっての痛みははたして。
見舞ったとしても、どんな言葉を掛けたらいいのか。アレコレ考えるけれど、まとまるわけもなく
半ばやけぐそ気味に重い扉を開いた
病室には他に見舞いはおらず、相方1人
入りざまに目が合う
互いに挨拶すら出てこない。一言も言葉は発しないまま、表情だけ
ずっと待ってたんやで
いや、なかなか、どんな顔していいか分からんくて
声を出そうとするけれど、何を言って良いのか分からない
彼がやっと何かをいいかけたのを、遮るように、相方は芯のある声で唱えた
『これはチャンスや』
『手や口じゃなくて良かったわ。お笑いには支障は無いやろ。義足を上手く使えば、アンドロイドネタもできるやん。俺たちにしかできないお笑いが作れるんや。これはチャンスやで。しかも売れた後にはもの凄い美談になるぞ!俺たちはツイてる!』
『アホか、ついてるワケないじゃろ。大事な左足失って』
『アホはお前や。コレがついてないなんて、どこに目をつけとんや?まあ、もう左足はツイてへんけどな』
『もう、お前はホントにアホじゃわ。今回ばかりは開いた口が塞がらん。回らん口が残って、気が利く足を失って、何がツイてるんじゃ。今のお前は機動力を失ったルンバじゃ、ボケェ』
『うわっ。それ、マジで何の役にもたたへんな。もうちょとマシな表現ないんかい!』
『ならガスポンベを失ったカセットコンロじゃ。プロペラを失った扇風機じゃ、火種の無い花火じゃ。毛先の無い歯ブラシじゃ。刃の無い爪切りじゃ。糸の無い釣り竿じゃ。何とかいってみいボケェ』
『ほら、いくつもネタができるやんけ。これを1つ1つ仕上げていったらいいんや。思えばな、俺は足に頼りすぎとったと思うねん。やっぱお笑いは口や、口。これは神様が教えてくれたんやな。足で稼がんと、ちゃんと口を大事にしなさい、ゆうて。すなわち、これはチャンスであり、天啓や。そういうこっちゃ』
『お前、なんかおかしな宗教やってるんか? どうやったら、そんなアホな発想が次々わいてくるんじゃ? ホンマおかしくなったんか?』
『おかしいのはお前や、アホォ。俺たちはお笑い芸人や』
相方はたれ落ちる鼻水をズッと啜ったが、タラタラと流れ落ちるそれは留めるすべは無く。何度も啜ることを良しとしなかったのか、合間合間に手で鼻元を擦ってはゴクリと咽を鳴らす。その度に話は詰まるのだが、丁寧に刻み込むように言葉を続けた
『俺たちはお笑い芸人や。全てのコトはお笑いに捧げたんやろ? この十年間のことを思い返してみいや、何もかも、売れるため、笑って貰う為にやってきたんやろ? それは自分たちに起こる、悲しいこと苦しいこと悔しいこと、何もかもを笑いに捧げるってことやろ? こんなことがなんや? 足を失ってもお笑いはできるやろ? 何でコレをエネルギーに変えんのや? ウジウジ・メソメソしとって面白いんかい? それで売れるんかい? 違うやろ? 俺たちはココが勝負なんや。なんでこの一瞬こそが、この瞬間こそが勝負やってわからんのや? 全てが自分たちの信じる美になるように、歯を食いしばって。自分の力で自分を磨いていく、それしかないやろ?それが芸やろ! 他に、どう生きろっていうんや? 他の生き方があるなら、こんなこと10年もやっとらんわ。俺は諦めへんぞ』
『そんなの美談じゃないんじゃ。そんな話が成立するのは、一部の成功者だけなんじゃ。世の中、そんな話は腐るほどあるんじゃ。ありきたりなんじゃ。珍しくないんじゃ』
彼は嗚咽混じりに鼻水を啜りながら続けた。
『お前の精神論はわけわからんけど。とにかく。とにかくお前がそういう姿勢なら。お前の足は、俺たちが成功しないことには報われんのじゃ。売れないと、文字通り脚光を浴びようがないんじゃ。よっしゃトコトンまで付き合ったる。俺たちはお前の足のせいで、売れるまで絶対にお笑いをやめられない呪いにかかったんじゃ、覚悟せいよ』
『当たり前やろ。そんな呪いはコンビ組んだときから、とっくに知っとるわ。やめるなんて言いだしたら、悪魔より先に、俺がお前の命うばったるわ!』
それから数年後、脚に全く触れない正当な『漫才』で徐々に人気が出て。ちょっとばかり運が向いてきたのか、賞金1000万円。参加総数4000組を超える大きな賞レースの『準決勝』に勝ち上がる。
ココで勝てば、決勝は日本中に生放送。最初で最後かもしれない大きなチャンス。
一ヶ月ほど前からお腹が痛いと、病院にかかっていた妻。アレコレと検査を行い、結果説明の日は必ずご主人も来て下さい、と念を押され。
結果を聞きに受診したのが、いよいよ準決勝の3日前。
聞きたくない現実を突きつけられ、呆然とする彼に相方からラインが届く
『おーい練習するぞ、どこおんねん?』
何も関与できず、映画の観客みたいにただ見守っている夢だった
『人生の意義以上に、人生そのものを愛さなければならない』
~ドストエフスキー~
『希望など何処にもない。それを見出すのが我々の義務だ』
~アルベール・カミュ~
『自分に才能を与えてくれるなら、寿命を縮めてくれても良い』
~志賀直哉~
『誰もがやがては死んでいくこと。寿命には限りがあること。一生の間に精一杯の生活をすること、そして他人の生命をおかさないこと』
~手塚治虫~
『自分の人生は自分で開拓することを、人間は、なかなか、悟れないものである』
~アンリ・ベルクソン~
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