『こけし』というプロレス技がある

これはポールに登り、敵に対して真っ直ぐに倒れかかり、少し傾げた頭部を相手の体にぶつけるという技である。

 

派手で隙がデカい上に、かわされると自身が大ダメージを負うという。まさに男気な技である。

 

最近、出来杉君の家に行くと3歳になる彼の分身が。

私の股間目掛けてこの技を繰り出してくる。
 

 

やめろ。私の子を消すな

 

何度も突進してくるので、堪えきれずにかわす

目標を見失い。椅子に頭を打ち付けて、彼は泣いた

 
 

やめろ。私を指さしながら泣くのは

 

 
 

また1歳半になる彼の2番目の分身。こいつは私のコトが大好きな様子なのだが。私の顔を見るや、一生懸命に自分の股間をかきむしり、その手で私の股間をまさぐってくる。

 

出来杉君『インキンを太平にうつしたいのだよ。彼は

 

出来杉よ…。間違いなく君の子だ。

 

 

さて今週勉強に来ている学生さんが、大のプロレス好きらしい

その魅力について聞いてみると

 

『クライマックスに向けて、どう納得させてくれるのか? そういう楽しさが好きなんです』

 

全くもって意味が分からないので詳しく聞く

 

『互いに技を繰り出し合って、受けきるのがプロレスです。この攻撃でも倒れない、この攻撃でも倒れなかった。じゃあ一体、フィニッシュはどんな攻撃になるのだ? 中途半端なクライマックスでは、もはや納得はできないぞ! 技が出て、受け続ければ、否応なく上がっていくその期待感。それをどう納得させてくれるの? そういうワクワク感なんです』

 

なるほど。難攻不落を互いに演出させながら、城を落とし落とされる『達成感』『悔しさ』を魅せる舞台芸術なのか

 

昔あったテレビ番組『ほこたて』的な魅力なんだな!

 

 
 

しかし台本があるらしいじゃないか?

 

『ありますね』

 

たまには誰かが暴走して、負け役が無理矢理勝っちゃったりすることは無いの?

 

『あると思います』

 

でさ。やっぱり強い選手が人気あったりするんでしょ?

 

『そうですね』

 

強いってどういうこと?

 

1つは観客を納得させられる技と力があるってことです

 

なるほど。なんだか少しだけ輪郭に触れられた気がする。技と力があって、物語の主役として相応しい強者が、『台本』で勝者として描かれていくのかな?

 

『そういうことなのかもしれません』

 

ふむ。で、その台本は誰が書いてるの?

 

それは考えないことにしています

 

 

うーむ。プロレスを楽しんでいる人は、台本があることを理解しつつ『それがリアルファイト』だと手に汗を握り、『楽しませてくれたんだからそれで良いじゃ無いか』という非常に高度な脳の使い方をしている。

 

こういうのは古典芸能にも通じる所があるのかもしれない。

古典落語など、同じ話を聞くことになるのだが。誰も『その話は知ってるぞ!』などと馬鹿げたコトは言わない。『どのように話すか』ということにフォーカスがあり、それはつまり台本を『どう演じるか?』という舞台芸術なのだろう。

 

 

あと500年くらいしたら、プロレスも古典芸能になるかもしれない。

古典プロレス。

 

いやプロレスは全然知らないのだが

天龍VS長州力とかの対戦を、マイクパフォーマンスとかからコピーして試合を再現するような舞台芸能が流行っているかもしれない。

 

A『やっぱ天長(天龍VS長州力)をやらせたら、原田・阿部の右に出るものはいないね!』

B『だよな! 技のキレが違うしマイクパフォーマンスからの引き込みが最高だぜ!』

 

そんな時代が来ても、プロレス好きは。どっちが勝つか知りながらも、ドキドキしながら応援をするのかもしれない。

 

なんとなく大河ドラマとか。歴史物の小説を読むときの気持ちに近いような気もする。

 

 

ドラマや映画も台本がある。じゃあ台本が無いものは何があるだろうか?

相撲は一部台本があるらしいが、基本的に格闘技やスポーツには勝敗まで決まるような台本は無いか。

 

そんなコトを考えていたら、学生さんの1人が言った

 

鬼ごっこ

 

なるほどなぁ。確かにそういう遊びには台本が無い。

しかし、色んな台本の中に『鬼ごっこ』の要素は多いような気もする

 

 

鬼ごっことは凄い遊びだと思う

 

人間がある程度集まり、1人の忌み嫌われる鬼を決める。

人間達は、『鬼』から一目散に逃げ出す。

さっきまで友達だったのに、そいつはもう『鬼』なのだ

 
 

鬼は逃げる人間を追いかける

誰か捕まえられれば、自分は真人間に戻れるからだ

しかし捕まった人間は『鬼』になってしまう

 
 

これは『人間社会の縮図』なのかも知れない

自分が『鬼』であることに耐えられない。つまり他の人間から避けられることを嫌うあまり。たとえ他の人が『鬼』になるとしても、自分だけは『鬼』から逃れたい。そして必死に追いかけていく

 

鬼ごっこの『鬼』は、『鬼』になった瞬間に、自分だけは助かりたいという思いに囚われる。つまり心にも『鬼』が住み着いてしまう

 

まさに『鬼ごっこ』

それは大人の世界の予習をしているのかも知れない。

 

 

たかし君は、鬼ごっこの最中に。ふと。ほんとうにふと。そんなことに気がついてしまいました。

 

逃げている僕たちも『自分だけは助かりたいんだ』と。

 

たかし君は、鬼に向かって手を振ります

 

おーい。僕はここだよ!

 

鬼は猛然とたかし君を捕まえて人間に戻ると、走りさって行きました

 

たかし君はそれを少しだけ寂しそうに見届け。ニッコリ微笑むと。太陽の光と影に溶けて無くなってしまいました

 
 

あれ? 僕たち何をしてたんだっけ?

 

鬼ごっこに興じていた子供達は不思議な感覚に包まれました

 

何故なら、子供達の脳の中からも『たかし君』は忽然と姿を消してしまったからです

 
 

やがて子供達の1人が言いました

 
 

『まあイイや。鬼ごっこしようぜ! じゃんけんぽん』

 

 
 

 

『自然で無い行いは。自然で無い混乱を生む』

〜シェイクスピア〜

 

 

 

 

『人間を善悪で区分けするのは愚かなことだ。人間は魅力的か退屈かのどちらかである』

〜オスカーワイルド〜

 

 

 

 

『喜怒哀楽の激しさは、その感情とともに実力まで滅ぼす』

〜シェイクスピア〜

 

 

 

 

 

『物事に良いも悪いも無い。考え方によって良くも悪くもなる』

 

 

 

 

 

『道徳は常に古着である』

〜芥川龍之介〜

 

 

 

 

 

 

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コメント

コメント一覧

    • 1. dadacyamame
    • 2018年01月30日 18:20
    • 太平さんは、子供に人気がありますね。
      私は、嫁ちゃんと、太平さんをボスと呼ぶ姪子さんのファンです。
      予想もつかない言葉をとても楽しみにしています。
      ところで結婚式の時、姪子さんはなんといっていましたか?
    • 2. 太平
    • 2018年02月23日 21:14
    • >dadacyamameさん

      結婚式のとき姪っ子は「嫁ちゃんが一番可愛い!私より可愛い」って嫉妬をしていましたw
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