『プロ旅行演出家の朝は早い(完結編)』
インドの首都ニューデリー
喧噪取り巻く商店街、コンノートプレイスの一画。
ここに大きな交差点がある。
プロ旅行演出家、匠の仕事場である。
世界でも有数の旅行演出家。
彼らの仕事は普段決して表舞台で語られることは無い。
我々は、プロ旅行演出家の一日を追った。
匠の案内した土産物屋は豪奢な造りであり、到底安物が置いてあるようには見えない。心なしか日本人も戸惑っているように見える。
しかし匠はそんなことは構うこと無くどんどん奥へと案内する。
複雑な構造の店内。匠は奥まったカシミアのコーナーに日本人を案内すると
「目薬をさす時間だから」と告げその場を立ち去り、我々の前へと姿を現した。
こんなところに眼科の伏線が効いてくる。
Q.とても安い値段でインドの普段着が手に入る店とは思えないのですが・・
匠「ははは、本当に安い店なんて連れて行ったら彼に失礼ですよ。
日本人はお金を使いたくてしかたないのですから、ちゃんと良い物を良い値段で買える店にご案内しないといけないのです。
言葉通り安い店に連れて行ったりしたら笑われてしまいますよ」
Q.なるほど、そういう風に考えるのですね。しかしこの店の構造、どんどん奥に連れて行かれて、少し怖いですね。
匠「そこがミソなんです。奥に連れて行かれるのは、もう戻れないんじゃないかって不安がありますよね。だけど、同時に凄い宝物が眠っているんじゃないかってワクワク感もあるんです。この不安とワクワク感、旅の醍醐味です。よりそれを味わって頂くために、あえて私は視界から消えると」
そうこうしている内に、日本人はTシャツを数枚選び購入したようだ。
店員の2500Rsの要求に1800Rsまで値切った様子。なかなか買い物上手といえるのか。
匠「よしよし、買い物を楽しんでいただけだな」
——どういうことですか?
匠「あのシャツならだいたい1000Rsも貰えれば店は大もうけなんです。1800Rsは正直払いすぎなのですが、大事なのは700Rs値切れたということなんです。
ここはちょっと難しいところなのですが
彼らはお金を払いたくてしょうがないのだけれど、値切れるなら値切りたいとも思っていまして。
これはインドの思い出としてけっこう大事な要素のひとつなんです。きっと日本に帰ってから、このシャツこれだけ値切ったんだぞ!って自慢することでしょう。
ここはお店の人のファインプレーですね、日本人もお店もお互いが嬉しい。それが私の喜びでもあるんです。やはり協力して演出していかないとね」
そういうと匠は店員に近づいて握手をした。上手く演出が決まったことを讃え合ったのだろう。
スタッフの一人が、握手の時に紙幣が手からはみ出て見えたと言っていたが、きっと見間違いだ。あとで強めに殴って忘れさせよう。
店を出る日本人に再び合流する匠
匠「どうだった?」
日本人「まあまあ良い物が買えたよ、でも普段着なのかな?自然かな?」
匠「どれどれ?あぁうん!良いね、ばっちりばっちり。だけど靴がまだまだだね、ちょっとここにも入ってみてみると良い」
匠は日本人を靴屋に案内するが、日本人は首を横に振り何も買わない。
次に絨毯屋に案内しようとするが、今度は店に入ってもくれない。
旅行会社で素敵なツアーを組むのはどうかと提案すると、目も合わせずに「No thank you」と答える。
——この日本人、意外と金を使わない!匠の顔に焦りが見える。
そう日本人が金を使わないということは『満足していない』ということ。
匠の口から『カモネギ』『カモネギ』と独り言が漏れる、その度に日本人の顔色がかすかに陰る。
Come On Never Give up!
やがて日本人は小さくためいきをつき
「オートリキシャでホテルに帰るよ」と言う
すぐにリキシャを止め、値段交渉をする匠。相場よりかなり安い値段に値切ることに成功し日本人を車内へと誘う。
——誰もがこれで匠の今日の舞台は幕が降りるのだろうと思った
そのとき!
匠「今日は一日ありがとう。一日案内したんだからお金ちょうだい」
苦笑いしながらポケットからクシャクシャの紙幣を差し出す日本人、どうやら20Rsのようだ。
匠「500Rs!!!」
先ほどまでの匠の姿からは到底想像もつかないような剣幕。少しの間、聞き取れないやりとりがあり、やがてオートリキシャは日本人を連れて出発した。
ニコニコしながら帰ってきた匠の手には200Rsが握られていた。
Q.今のは何ですか?
匠「仕上げです」
Q.「なんだか怒鳴っているように見えて、とても『おもてなし』とは思えなかったんですが、それに500Rsが200Rsに値切られ・・・あっ!」
そう言いかけたスタッフに衝撃が走った。
匠「そう、値切る楽しみなんです。60%Offってかなり気持ちが良いですからね。
そして緊張と緩和なんです。異国の地で怒鳴られてヤバいってところから、値切り交渉の後に解放される。
今日、かれはそうとう気持ち良く眠れるはずですよ。こういうおもてなしもあるんです。」
Q.しかし、それでは彼に嫌われてしまうのではないですか?
匠「それは二の次なんです。彼は私にとって出会う前から大好きなトモダチですから。
私のことは嫌われてもブログのネタにされてもいっさい構いません。
大事なことは良い思い出になってくれることなんです。
だって折角インドに来たのに、それが1回もトラブルの無いような『つまらないインド』だったら可哀想じゃないですか」
『安全に色んなインドを味わっていただきたい』
取材前に匠が言っていた言葉の意味がようやく分かった。
Q.最後にどうしてコンノートプレイスの交差点で仕事をされているのですか?
匠「もちろん、交差点は人が足をとめる場所なので、ゆっくり話しかけられるというのもあるのですが・・・」
匠「この国はね、今、ちょうど交差点なんですよ。」
Q.どういうことですか?
匠「先進国と発展途上国のちょうど交差点なんです。
インドは今、ぐんぐん伸びています。先進国がそんなインドに未来を感じどんどん参入してきてる。貧乏金持ち、良い人悪い人、哲学や文化それに医学と科学。
色んな物が混じり合う交差点なんです」
匠「コンノートプレイスは、インドの銀座です。物流経済の中心の一番大きな交差点で、私はインドの未来を祈りながら、インドに交わる方々を『おもてなし』したくてここにいるんです。」
匠「きっとこの国は、私の寿命の間には無理だと思うのですが、先進国の仲間入りをします。
そのときはもう私達のような仕事はこの交差点にはなくなってしまうでしょう」
匠「でも、そのときでもどこか別の発展途上国の交差点に、別の私がいるんです。」
匠「今度は、是非インド人を『トモダチとしておもてなし』して欲しいなぁと祈りながら、私は交差点にいるのです」
そういうと匠は手を振りながら交差点を横切り自宅へと足を向けた。
我々は匠の姿が完全に見えなくなるまで、その背中を見守り続けた。
時計はもう22時を回る、これから6kmの道のりを歩いて帰る匠。
きっと明日も5時には布団から抜けだし、まだ見ぬトモダチに祈りを捧げるのだろう。
そうプロ旅行演出家の朝は早いのだ。
《完》
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コメント
コメント一覧 (2)
思います。
一度でも行ってみないとわからないのがインドだと思います。
インドを楽しめる日本人が増えれば、いいなーと思います。
今年は無理でも来年は行こうとワクワクして読んでいます。
あらー^^; ちんぷんかんぷんですか^^;
そうかも知れませんね^^;
この話は人気がないのです(笑)
まあ、私が好きな話は、たいてい人気がありませんが^^;
是非、インドへ♪