『プロ旅行演出家の朝は早い④』

 

インドの首都ニューデリー

喧噪取り巻く商店街、コンノートプレイスの一画。

ここに大きな交差点がある。

プロ旅行演出家、匠の仕事場である。

 

世界でも有数の旅行演出家。

彼らの仕事は普段決して表舞台で語られることは無い。

 

我々は、プロ旅行演出家の一日を追った。


001


匠と日本人が店の中に消えてから20分。

トイレに行くフリをして出てきた匠。我々の前に姿を見せる。

 

Q.調子はどうですか?

「いや、良いですね。穏やかで気持ちの良い人だと思います。是非最高の思い出を作るお手伝いをしてあげたい。私なんかがプロ旅行演出家をやっていけるのは彼みたいな人がいてくれるおかげですから」

 
 

仕事ができるのは、相手が喜んでくれるからこそだと匠は語る。

計算尽くされた行動一つ一つが匠の顧客に対する感謝のあらわれなのだろう。

 
 

「ハンバーガーをご馳走してもらっちゃいました。なかなかこういうことは珍しいんですよ。カモネギです」
 

 

——今、カモネギとおっしゃいましたか?

 

「ええこれも古い専門用語で『Come On Never Give up』の略なんですが、このお客様には絶対に満足して頂かないと!諦めないぞ!という気合いを入れるときの言葉ですね。

では、そろそろ戻ります。あまり待たせるとお客様が不安になってしまうので」

 
 

我々は匠に小型カメラとマイクを付け、取材を続けさせてもらうことにした。

 

 

「おまたせ、ここのトイレ混んでた。しかしこんなに美味しい物を食べたのは本当にひさしぶり。すっごくお腹減ってたし、嬉しい、ありがとう。」
 

日本人「あぁそうなんだね。良かった、良ければおかわりしてね。」
 

「もう十分、ありがとう」

 
 

そう言って匠はおかわりを断る。文化背景を知ることは演出に欠かせない要素なのだと、撮影前に匠は語っていた。
 

「日本人は本音をなかなか言いません。それ自体が良いとか悪いとかではなく、そういう文化背景の国なのです。

民族の入れ替わりが起こりにくい、安定した島国だったので、語らずに理解するのが美徳。そう以心伝心を良しとする文化なのです。

私達の仕事は『おもてなし』なので、押しつけてはいけないのですよ。あくまでも相手の土壌を理解し、相手の音に合わせてこちらもリズムを合わせていく、そういうことが大事になります」
 

何気ない会話一つ一つに匠の繊細な配慮が行き届き、美しいハーモニーとなって舞台が染められていく。

 
 

そんな匠も若い頃は手痛い経験を何度も味わったのだという

「良かれと思ったことが裏目に出ることを、身体で知り、読書で補完していく作業の繰り返しなんです。

この業界で『知らない』は何の言い訳にもなりません空砲ってご存じですか?大航海時代の頃の国際的なルールの一つなのですが

 

——軍艦が港に着く前に、全ての大筒を弾を込めずに発射させるというやつですか?

 
 

「そうそう。あの時代は一発弾を撃つとしばらく撃てないんです。だからまず軍艦が全部の筒を打って、しばらく攻撃できませんよという意志を示すんです。

すると港の方も全部の筒で空砲を返すお互いにしばらく攻撃できませんよという意志を示し合ってから上陸する。それが国際法だったんです、お互いの為の

 
 

——なるほど。でも、もしも港の方がその国際法を知らなかったらどうなるんですか?

 

「残念ながら——、国際法を知らない無礼な輩に対しては、自由に攻撃して良いのだと、当時の国際法は規定されていました——」

 

 

——そんな!無茶な!

だって、彼らは、ただ何も———

 
 

思わず大きな声が出てしまったスタッフに、匠は目をつぶり静かに首を振ることで答えた。

 

先進国の傲慢な理屈、発展途上国の痛み、インド。深く刻まれた匠の顔のしわ。何かが心の琴線を捉えたのであろうか、こらえきれず鼻をすすりだすスタッフもいた。

 

 

『良くも悪くもそれが人間なんです、歴史なんです、もしかしたら私だって——』


きっと誰かに向けられた言葉ではなかったのだろう。

かろうじて聞こえた匠のつぶやきは、何度も私の中で繰り返され。反芻するたびに存在感を増していった。

 



《続く》

    プロ旅行演出家の朝は早い《1》

    プロ旅行演出家の朝は早い《2》
    プロ旅行演出家の朝は早い《3》
    プロ旅行演出家の朝は早い《5》
    プロ旅行演出家の朝は早い《完結》




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