『プロ旅行演出家の朝は早い③』
インドの首都ニューデリー
喧噪取り巻く商店街、コンノートプレイスの一画。
ここに大きな交差点がある。
プロ旅行演出家、匠の仕事場である。
世界でも有数の旅行演出家。
彼らの仕事は普段決して表舞台で語られることは無い。
我々は、プロ旅行演出家の一日を追った。
匠「あぁ失礼。日本人なんだ、顔がネパール人っぽいから間違えてしまったよ」
日本人「いえ、良いんです。気にしないで、慣れているから」
しきりに日本人と思って話しかけたわけではないことを強調する匠。
話しかけたらたまたま日本人であっただけ
『旅とは一期一会、演出は日常に微分可能に繋がっていなければならない。そこに不自然な段差が生じてはいけないのです』
カメラを回す前。匠が話していた言葉がスタッフの脳裏を走った。
——偶然とは? ——運命とは?
匠の演出はすでに始まっている。
匠「そうなんだ、こっちに1年いるんだね。」
日本人「あなたは今日は何をしているの?」
匠「僕はこの近くの病院に通っているんだ。目の病気でね。今日はもう終わって帰ろうとしてたんだけど、君の顔をみて、あ。絶対地元がちかいや、と思ったから話しかけちゃったんだ」
立て板に水が流れるように匠の世界が展開されていく。一日ずっと一緒にいたスタッフまでも、今日匠が眼科を受診していたような気さえしてくる。
匠「あなたの英語綺麗だね、聞き取りやすいよ」
日本人「あなたこそ綺麗です」
匠「僕はまだまだ。でももっと練習したいんだ。時間ある?ちょっとだけでも喋りたいんだ、貴方の国のこととか教えてくれたら嬉しいのだけど」
匠は実に沢山の言葉をあやつることができる。ヒンドゥ語やウルドゥ語は勿論のこと英語やスペイン語、日本語もかなりのものだ。
しかし、匠は日本語はけして使わないのだと言う。
「その辺がプロとアマチュアの演出家の違いなんです。アマチュアは相手が喜ぶと思ってすぐに相手の言葉を使ってしまうんですよ。そこが違和感になって演出が止まってしまう。
だってそうでしょう?日本語を使いこなす人なんて、かなり日本に習熟している。私は日本に対する新鮮な反応でおもてなしがしたいんです。私の驚いた顔で、彼らを喜ばせてあげたいんです」と匠。
——しかし、本当に匠は英語が綺麗ですよね。
「ええ。こっちの英語は独特で母国語にしない人にとってはかなり聞き取りにくいのです。私も綺麗な発音にするためにかなり努力してきました。なぜなら特に日本人は英語が苦手なので、かなりインドの英語に疲弊していることが予想できるんです。
そこに綺麗な発音で話しかけると——」
日本人「ありがとう、丁度私も誰かとしゃべりたかったんだ。嬉しいよ、ちゃんと会話ができる。何か食べながら喋ろう」
匠「いいね。いこうか」
——まるでドミノが倒れていくように
——まるで準備されていたプログラムが作動していくように
——匠の演出が繋がっていく
小綺麗なカフェの前まで移動し、匠は突然足を止めた。
怪訝な顔をし尋ねる日本人
日本人「どうしたの?」
匠「あ、あの。その、ごめん。今日僕、お金持ってないんだった。申し訳ないんだけど、ここには入らずに公園で話しをしようよ」
そういうと、匠は——
——財布を開いて
——見せた!
日本人「良いよ良いよご馳走するから中に入ろう」
財布を空にした理由を初めて知った我々に戦慄が走る。空腹を維持したのも、この臨場感を演出するための1ピース。今、パズルが嵌め込まれていくように、一つ一つの要素が音も無く組み上げられていく。
我々は熟練の妙技を目の当たりにし、店の中に消えていく匠と日本人を、取材を忘れ呆然と眺めつくしていた。
《続く》
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